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後援会の活動

2009.11.14(土)「六義園庭園見学報告」

副会長 村田 幸久

六義園

 第2回となりました教育後援会主催の庭園見学会は、 11月14日(土)、駒込・六義園(りくぎえん)に行きました。以下の通り、その概略を報告します。
 当日は秋晴れの好天で、平成天皇・皇后御在位20周年の祝賀を記念し、前日から3日間入園無料で開放され、各グループごとに専属 のガイドさんの説 明付きでした。

六義園 見学会は正門前 に午後2時集合で、小池会長・上林副会長を始め、今田・西谷両教諭、役員さんや保護者の方々総勢40名ほどが参加。参加者多数のため2グループに分け、まず第1陣が出発しました(第2陣は約30分程遅れて出発)。本来は講師(ガイド役)という立場だった私は、専属ガイドさんにおまかせし、グループの一員として見学いたしました。

六義園 六義園は元禄8年(1695年)、5代将軍綱吉より下屋敷として与えられた駒込の地に、側用人(そばようにん)柳沢吉保自らが設計、指揮し、平坦な武蔵野の一隅に池を掘り、山を築き、7年の歳月をかけて「廻転式築山(つきやま)泉水庭園」を造りだしたものです。 この庭園の名称は、中国の古い漢詩集である「毛詩」の『詩の六義』と、紀貫之(きのつらゆき)が転用した和歌の「六体」に由来するそうです。そして、その全景は中の島を有する大泉水を樹木が取り囲み、吉保の生まれ故郷である紀州(現在の和歌山県)和歌の浦の景勝や和歌に詠まれた名勝の景観が八十八景として映し出されています。しかし、これほどの名園にも関わらず、吉保自身は完成後一度立ち寄っただけなのだそうです。

六義園 入園してすぐに内庭大門をくぐると、宣春亭(茶室)を左手に見ながら出汐の湊(でしおのみなと)に行きました。この地から池全体、さらに中の島を見渡し、右側に妹山・背山、その奥に渡月橋(とげつきょう)を眺め、左側には蓬莱島(ほうらいじま)や千鳥橋があり、対岸には吹上茶屋(ふきあげちゃや)が確認できました。下記に主だったスポットを2、3取り上げてみます。
 1つ目は「ささかにの道」、「ささかに」とはクモの古い呼び名で、老が峰(おいがみね)の北側を通る池の小道がクモのように細い所から名付けられたようです。なかなか風情がありました。

 次に「滝見の茶屋」。樹木の中を渓流が走り、岩の間から落ちて水しぶきをあげています。そのそばの四阿(あずまや)からは、その趣向を凝らした跡が窺えます。
 3つ目は「藤代峠」。小高い山道といっても階段状の細道を登るのですが、頂上に達すると池全体や中の島が開け、ちょうど出汐の湊の反対側のスポットとなり、味わいは格別です。
 遠景には上野方面の近代ビル群が立ち並び、永い歴史の中に「よくぞ今日まで存在してきたな」という一種の感動が沸き起こります。四季の花々、多種類の樹木、水のせせらぎ、数々の鳥たちの鳴き声など、園内全体で自然の素晴らしさを満喫できるのです。

 いずれにしましても、1時間半ほどの見学となりましたが、自然に親しみ有意義な想いの時間を過ごせたことは間違いありません。最後に参加者全員で記念写真を撮影し4時半頃に散会、多数の方々に参加していただき盛会のうちに終了しました。誠にありがとうございました。  

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